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2017年8月15日 (火)

病名がはっきりするまでの流れ(入院するまで)


まずメッセージボードを読んでいただかないと大変な思いしますよ
ドルをツイッターで楽しむようになり早2年。
このブログは完全に捨ててましたが、今回の病気を機に復活させてみようと思いました。
もうすでにうる覚えのためざっくりと!

20169月以降左下腹部にシコリを感じました。
と周りには話してますが、実は数か月前に一度同じシコリを発見してました。
仰向けになって下腹部を触るとはっきりわかりました。
でもなぜかは不明ですが、ある日触ってわかるシコリが触ってもぜんぜんわからなくなりました。
仰向けになってポコッとしてたものが一切感じられませんでした。

そしてに戻ります。
20169月以降左下腹部にシコリを感じました。
左下腹部にあったシコリはいつの間にかおへその下あたりに移動し真ん中辺りで
大きくなっていました。
(あとで知ったこと、真ん中に移動したのではなく、シコリが大きくなりすぎて真ん中に
あるように感じただけでした。)

そして、なんだかんだ月にいろいろ予定があり(表向きな理由)
20171月にもうこれ以上我慢していたら、お仕事もらってるところに迷惑かかると
一つ目の病院に行きました。
ここではエコーと内診。
たぶん、先生も筋腫ではないと思ったと思いますがMRIなどがないので、
しっかり診てもらうために紹介状を書いてもらい大きな病院へ。

この一つ目の病院の予約とるまで、痛みが酷くてロキソニンとお友達になっていたのに
なぜか予約とれてから大きい病院での通院入院までの間まったく痛くならなかったです。
悲鳴あげてた体が安心したんでしょうか
そして病院2へ
病院嫌い町医者しか経験のない私はドキドキでした。
思った以上に待たされることなく診察室へ。
また同じようなことを話してエコーへ。

エコーで診ながらいろいろ聞きましたざっくりすぎる

でも先生も確かでないことは言えません。
しかし、しっかりと次回家族の方も一緒にと言われました。

その日はもうMRIのオーダーがとれなかったのか次の日になり
緊急手術になっても困らないよう手術前検査して帰りました。

その時の血液検査でド貧血と判明(数値は聞いてませんが)、痛みがなくなっていたので
すっかりふらつきも忘れてました。
次の日に鉄剤もらって飲みはじめました。

そして一週間後、結果を聞きに。
MRI画像の説明を受けながら、肉腫だろうと。
はしおり過ぎましたが先生はちゃんと説明してくれましたよ。
このあと内診へ。
今までずっとおりものは出ていたものの出血はなかったのに
ちょうど前日から出血しはじめて、よりによって出血の中内診になるとは。
ここでより確実にするために細胞をとったもようです。

さあ今日はこれでおしまいかなと思ったら、転移が無いかCTを撮れとお達しが。
しかも、その時オーダー入れて昼一からの時間帯の合間にねじ込んでくれるらしい。
だからどれだけ待たされて、いつ呼ばれるかわからないまま昼一から待ってました。
長かった。

肺肝臓に転移を多いらしいですね。

CTは楽でした。MRIはしんどかったです。

そしてまた一週間後、結果聞きに。

肺肝臓への転移は見受けられないとのことでした。
ただリンパに転移してるっぽいとのこと。

前回、この肉腫はリンパには飛びにくいから大丈夫だろうと言われてました。
でも今回のCT画像から飛んでるっぽいので子宮もろもろリンパも
一緒にとることになりました。
ここで、リンパをとる時に起きてしまうかもしれない事を説明されました。
それが見事に現実になるとはそれはまた手術後のお話。
そして、抗がん剤はこの肉腫には効かないけど、やっておいたほうがいいと言われました。
(リンパに飛んでるからでしょうね)
そして手術と入院準備の話を聞いて帰りました。
ここまでがざっくり過ぎましたが覚えてることです。
そして、ここまで書いてきて、自分がどんな病気か知った時の気持ちなどを
書いてきませんでしたが、はっきり言ってショックでも不安でもありませんでした。
それは病院1に行く前に、症状を照らし合わせて筋腫ではなく肉腫のつもりで
いってたからが一つで、
もう一つの一番の理由はここには書かないほうがいいみたいです(なんか色面倒)
決して心が病んでるわけではないですが、傍から見たらそう感じると思うようなことなので。
シコリみつけた時からもずっと同じ気持ちのままです。
文だけだと色語弊があるかもですが、個人メモで独り言として書いてますのであしからず。

さて次回は入院手術編です。

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